小説?

中野京子知られざるフランス革命 ヴァレンヌ逃亡 マリー・アントワネット 運命の24時間』(朝日新聞出版,2012年 2月)を読みました.フランス革命のさなかの,結局は失敗におわった,王一家の逃亡事件のてんまつを描いたものですが,「プロローグ」につぎの記述があります.

一般に「フランス革命」といえば、一七八九年夏に勃発したバスティーユ陥落のイメージが強く、それを機にたちまち王政は瓦解、王と王妃はギロチンにかけられた、と思われがちだが、それほど単純なものではない。機を見るに敏な貴族らが財宝を抱えて亡命したり、君主制と共和制の二重構造ができたとはいえ、ヴェルサイユでの宮廷生活自体は(人の数が減っただけで)驚くほど変わらず、王は連日狩猟を楽しんだし、王妃はプチ・トリアノンでこれまでどおり息抜きできた。庶民の暮らしも依然として厳しいままだった。(p. 8)

わたくしも「たちまち王政は瓦解、王と王妃はギロチンにかけられた」とおもっていたので,これはちょっと意外でした.バスティーユ襲撃のあとでも,王制が存続する可能性がのこされていたらしいのです.しかし,さまざまな選択肢は歴史の推移につれて変動し,ついにルイ16世マリー・アントワネットがギロチンにかけられる結果をむかえるわけですが,そのまえに,本書があつかっている「ヴァレンヌ逃亡」があったんですね.あまり知られていない事件だそうですけど,中野氏は「追う者と追われる者の緊迫のドラマ!」を「どうしても自分で書いてみたかった」ために,「新発見の資料を使って、逃亡の二十四時間を再現」しようとされたようです.史実にそくしているものの,小説的なイマジネーションをもフルに活用して,登場人物たちの心中を忖度したり,モノローグふうに感情を吐露させたりもしています.が,わたくしはそうした事件の経緯や心理描写より,そこここにはさまれる著者の寸評や見解をおもしろく読みました.その例をふたつあげておきます.

アントワネットは「赤字夫人」と批難されたが、ルイ十六世にしても、国庫収入の九倍もの赤字を抱えながら、所有の馬車二百十七台、馬千五百頭、趣味の狩猟用猟犬一万頭を手放そうとはしなかった。(p. 100)

「空っぽ頭」と貶められたアントワネットだが、彼女が残した家具装飾品や衣装には優れた審美眼が窺える。一例を挙げれば、ヴェルサイユの「王妃の間」の奥に狭い私室「黄金の小部屋」(ごく親しい人しか入室させなかった)があり、小さな陳列棚の中にずらりと日本の漆器が並べられている。[中略]偽物の「ジャパン(=漆)」が広く出回っていた当時のヨーロッパで、ただの一点たりと模造品の混じらないコレクションを見ただけでも、あの「首飾り事件」の大仰でごてごてしたネックレスが、デュ・バリー夫人の好みでこそあれ、決してアントワネットの趣味ではないことがわかるだろう。(p. 101)

ほかにも,へ〜とおもわされるところがいろいろあって,たのしめます.なお,巻頭にはカラー口絵8点を掲載していますが,それらについてのコメントも的確で説得力があり,絵からなにを読みとることができるかを教えてくれています.