遺体科学とは

杉並区立科学館で遠藤秀紀東京大学総合研究博物館教授の講演「死体解剖から解き明かす進化」を聞きました.ややショッキングなタイトルですけど,そしてけっこうショッキングな映像が映しだされたりもしたんですけど,おもしろかったというのが率直な感想です.パンダが人間とおなじく親指を他の4本の指とむかいあわせてものをつかむように見えるけどじっさいはどうであるのか,とか,アリクイのあごのうごきはどうなっているのかとか,いろいろな動物の生態を,解剖の結果やCTスキャナーから得たシミュレーションなどによって解き明かしてくれました.象の鼻といわれている部分もほんとうは上唇の一部が発達したものだそうで,これもはじめて知りました.そうした知見だけでも,この方面に無学なわたくしにとっては有益な講演だったのですが,それよりも全体として,遠藤氏のおしごとに対する姿勢や,現行の学問分野に対する批判的な見解が印象にのこりました.博物館のしごとには,功利性や経済性がはばをきかせてはいけないような面がある,ということらしいんですね.(このあたり,わたくしのおぼろげな記憶ですので,遠藤氏の真意をどれほど伝えているか,保証のかぎりではありません).欧米の博物館が所蔵する標本類の数は,日本のそれにくらべると二桁,つまり100倍ほどの差がある,とも話しておられたようです.また,「遺体科学」という名称をとなえていることについて,やっていることは「解剖学」とおなじだけれど,医学や生物学のスタンスとはことなる観点,すなわち死者にたいするまなざしとか社会的な差別を問題にする視点などをふくんでいるんだ,とも語られたようにおぼえています.動物園で死んだ動物が「廃棄物」として焼却処分されることにも,批判的な目をむけておられるようです.もっとも,こうした現状と体制にたちむかうのはなかなかにむずかしいでしょうが,遠藤教授のご活躍に期待したいものです.なお,わたくしが読んだ遠藤氏の本は『ニワトリ 愛を独り占めにした鳥』(光文社新書 445,光文社,2010年 2月)一冊だけです.ほかにもいろいろな著書があるらしいので,機会があれば,ぜひ読んでみたいですね.