小説?

中野京子『芸術家たちの秘めた恋 メンデルスゾーンアンデルセンとその時代』(集英社文庫集英社,2011年 7月)を読みました.親本は『メンデルスゾーンアンデルセン』(さ・え・ら書房,二〇〇六年四月)だそうです.タイトルにあるとおり,19世紀の偉大な芸術家たちの動向を描きだしています.ジェニー・リンドについては,(無知をさらけだすようで恥ずかしいのですが),知らなかったので『岩波=ケンブリッジ 世界人名辞典』(岩波書店,1997年11月)にあたったところ,「スウェーデンナイチンゲール」の愛称があるソプラノ歌手であることを確認できました.こうしたひとびとの生涯とそれぞれの出会いと,そしてそこから生まれたであろう感情を描くにあたって,中野氏は小説的な手法をもってします.作中人物たちへの感情移入はかなり濃厚ですけど,ひとびとの心理・感情のながれの描写はごく自然ですので,たしかにこんなだったんだろうなと,納得されます.が,中野氏の文章はむしろ実証的な,そして辛辣な記述にこそ本領があるのではないか,というのがわたくしの率直な感想です.そういう例をひとつだけ引いておきます.

小さなモーツァルト姉弟が父親に連れられてヨーロッパ中の宮廷をまわり、 目隠しさせられたり、 鍵盤に布をかけられたりの状態でビアノを弾き、 猿まわしの猿よろしく、 パフォーマンスによって礼金をもらっていたのは周知の事実である。
(p. 51)