歌謡曲と昭和時代とについての考察

なかにし礼『歌謡曲から「昭和」を読む』(NHK出版新書 366,NHK出版,2011(平成23)年12月)を読みました.「序章 歌謡曲の終焉」の冒頭に「平成の時代も二十年をとうに越えた。ということは、 歌謡曲の終焉からも、 すでに二十年以上がたったわけだ」とあって,ちょっとおどろかされますが,ここに著者の主張(の一部)がはっきりとあらわれています.すなわち,なかにし氏によれば歌謡曲とは「ヒット(流行)をねらって売り出される商業的な歌曲」(p. 8)であり,ジャンルにはこだわらないものだ,というんですね.そして「歌謡曲は初めから終わりまで、 「昭和」という時代とぴったりと重なっている」(p. 11)とも指摘されています.そうしたものとしての「歌謡曲」について,昭和の歴史にそくして語っているのがこの本です.新書版で200ページたらずですけど,内容はきわめて濃く,視野のひろさと着眼点のするどさに圧倒されます.「第1章 日本の「うた」をさかのぼる」では古代の歌謡や中世の「梁塵秘抄」や,歌舞伎にまでふれています.つづく「第2章 流行歌の誕生」から「第6章 音楽ビジネスに起きた革命」は明治初期から昭和のなかば過ぎまでをあつかいますが,これも総花的な記述ではなく,特定のモノやひとに沿って,ときには著者の個人的な体験をも引いて考察しておられます.「第7章 すべての歌は一編の詩に始まる」も前半は昭和40年代の概観ですけど,それにつづいて作詞における<ひらめき>という要素を摘出し,実作者ならではの感想を記しているところに,つよい説得力があります.「第8章 歌謡曲という大河」ではGSとかニューミュージックとかアイドル歌謡とか,それまでの歌謡曲とはちがうとおもわれた潮流に言及し,GSがふくんでいる歌謡曲的な要素や,シンガーソングライターたちのポーズや,アイドル売り出しのウラにひそむテレビ局の商業的なおもわくなどについて,やや皮肉な見解を示しています.が,その批判はおおむねただしい,といえるでしょう.ただし,そうした批判精神を是としたうえで,わたくしなりのやはり皮肉ないいかたをさせてもらうならば,本書がNHK出版から刊行されているためでしょうか,昭和の歌謡史においてNHKが果たした役割とその功罪にふれていないのが,残念です.最終の「歌謡曲の時代のあとに」では著者による「歴史的歌謡曲ベストテン」と「わが心の歌謡曲ベストテン」をあげておられますけど,暗い歌がお好きなようですね(笑).それはともかく,この本にはそこかしこに寸鉄の指摘があり,引用したい箇所も多々あったのですけど,すべて略しました.はやりうた,および現代史に興味のある方にはぜひ,手にとって読んでほしいものです.簡潔で明確な文章も特筆にあたいします.