新機軸と,その反面の使いにくさ

大辞泉 第二版』(小学館,2012年11月)を5日前に買いました.以来,おもいついたことばを片っ端からいろいろと引いてみました.わずか5日間の体験でこの辞書を論評するなんて,無謀にもひとしい,おこがましい行為にはちがいありませんけど,とりあえずの感想を記しておきます.
アトランダムにページをめくっていたところ,「池田理代子」の項を見つけました.他の漫画家さんはどうかとおもい,いくつかあたってみたら,「萩尾望都」「竹宮恵子」「山岸凉子」が立項されているのを確認しました.少女マンガの分野での画期的な役割を果たしたひとを取りあげているんでしょうか.しかしそれならば,「一条ゆかり」や「水野英子」があげられていないのは,腑におちません.男性では「いしいひさいち」や「永井豪」はあるものの「吾妻ひでお」や「和田愼二」は載っていません.この辞書の選定基準は,どうもよくわかりません.
「補説」という項目を設けているのがユニークです.たとえば,誤用の例としてよくあげられる「すべからく」について,『大辞林』(第三版)は「近年「参加ランナーはすべからく完走した」などと、「すべて」の意で用いる場合があるが、誤り」と書いているだけですけど,本書ではさらにくわしく「近年、「すべて」の意で使う例が多くあるが、誤り。文化庁が発表した平成22年度「国語に関する世論調査」では、「学生はすべからく勉学に励むぺきだ」を、ほんらいの意味である「当然、ぜひとも」で使う人が41.2パーセント、間違った意味「すぺて、皆」で使う人が38.5パーセントという結果が出ている」と解説しています.「憮然」についても,「「憮然たる面持で」とした場合、「腹を立てているような顔つき」の意味で使われることが多くなっているが、本来は誤用。文化庁が発表した平成19年度「国語に関する世論調査」では、「憮然として立ち去った」の例では、ほんらいの意味である「失望してぼんやりとしている様子」で使う人が17.1パーセント、間違った意味「腹を立てている様子」で使う人が70.8パーセントという逆転した結果が出ている」としています.こうした解説をつけるのはけっこうなことなんですけど,「ニューハーフ」の項に「昭和56年(1981)にデビューしたタレント松原留美子がこのキャッチフレーズで売り出したことから一般化した」とあるのを見ると,これは国語辞典というよりも『現代用語の基礎知識』のような時事用語の解説本ではないのかと,おもってしまいます.
複合語や人名などの扱いかたについて,これまでの辞書(『大辞泉 第一版』もふくめて)では共通する部分(人名の場合は「姓」)を「親見出し」としてかかげ,その下に「子見出し」を追いこむ方式がとられてきましたけど,この『第二版』では(おそらく)すべての項目を見出し語としています.(「親見出し」をもちいた追いこみ方式は「慣用句・ことわざ」だけです).そこで,編集部による第二版の「序」にあたったところ,「書籍の場合、古くなった内容をすぐには修正できないという解決の困難な問題があります。『大辞泉第二版』では付属するDVDデータを更新することで、この難題を克服しようと考えました。2015年まで毎年、本文・画像・地図データの更新を行います」とあるのを見つけました.こうした「更新」作業のため,またコンピョーターによる製版のために,「追いこみ方式」をとらなかったのではないでしょうか.図版もまったく載せられていません.日本(だけでなくどの国でもおなじかもしれませんが)の技術者諸氏は,新技術・新機構などじぶんたちのアッピールしたいところはおおいに宣伝するくせに,その反面の犠牲にした部分や弱点にはふれないようにする傾向があります.『大辞泉第二版』もそうで,「凡例」には「追いこみ方式」を用いなかったことや図版を載せていないことについての説明がありません.「序」や「凡例」で,こうした処置をとったことを明言し,「図版についてはDVD版を参照されたい」とでも書いておいたなら,かえって読者の信頼・尊敬を勝ちうるのではないかと,おもうのですが・・・.