ヘンな(?)ジャンルの研究書

平松隆円『黒髪と美女の日本史』(水曜社,2012年12月)読了.これはいったいどういうジャンルの本といえばいいんでしょうか.「第1章」で「盛り髪」というのをとりあげています.「ポンパ巻き貝ハーフアップ、くりくりエリ巻きトカゲ、リゾートすだれアレンジ、トルネード花魁アップ」などという「髪形」が現代のギャルたちのあいだでおこなわれているのだそうです.そうした現代風俗をキッカケとして,「第2章」ではぐっと時代をさかのぼって平安朝の幼童の髪形や,袴着とか元服といった通過儀礼のことを記し,つづく「第3章」以降では日本人の髪について,その実態や流行を,ほぼ時代の順をおって考察しています.「あとがき」に「髪を指標として、ひとと社会や文化との関係性を読み解くことが本書の目的である。そのため、ひとつひとつの髷の結い方などを説明することによる、髪形の辞書的な内容になることは避けた」とあるように,社会的・文化的な観点が全編を覆っています.ひとくちにいうなら,長い髪でいられる女性は身分が高いんですね.下働きの人間が優雅に髪を長くのばしてはいられませんから.もっとも,これはあまりに単純化した要約で,各時代の様相はもっと複雑ですし,髪にたいするひとびとの評価も時代によってちがいがあり,一律ではありません.また男性の場合は,女性の髪ほどの変化・変遷はなく,いわゆる「ちょん髷」の時代がながくつづきますが,その「断髪」にあたっては明治の西洋文明導入時のてんやわんやがふかく関係(影響)しているようです.最終の第11章では18世紀ヨーロッパの髪形をとりあげ,さらに「かわいらしさ」にかんして動物学者ローレンツの説を引用し,「女の子たちは、髪を盛り、顔を大きくみせることが、かわいらしさの特徴であることを本能的に知っている。盛り髪によって、自分をかわいくみせることは、先行きのわからない不安定な社会を生き抜く、無意識の戦略なのだ。[中略]髪形は、美しくなりたいという個人の志向が、たしかに反映されている。だが、それもまた社会や文化の影響を受けたものなのだ。(p. 155)」としめくくっています.こうした記述をおこなうにあたって,著者は多量の文献を用いています.「源氏」や「枕」や「万葉集」をはじめ,近世の洒落本や随筆などじつに多種多様です.個々の出展をくわしく記しておられますけど,「参考文献」一覧をあげていないのが残念です.
なお,本書と直接の関係はないんですが,変わったジャンルの研究書ということで,川井ゆう『わたしは菊人形バンザイ研究者』(新宿書房,二〇一二年九月)をあげておきます.先月なかばすぎに読みおえ,このブログにとりあげようかとかんがえていた矢先に「朝日新聞」の書評欄(11月18日,評者は出久根達郎氏)に載ったので,わたくしがヘタな屋を架するまでもなかろうと,ふれずじまいになりましたけど,これもおもしろいです.口絵の,人形の写真だけでも一見の価値ありです.