「美術」の基底にあるもの

中野京子氏がブログ(10月22日条)で紹介された岩井希久子『モネ、ゴッホピカソも治療した絵のお医者さん 修復家・岩井希久子の仕事』(美術出版社,2013年 6月)を,図書館から借りだして読んでみました.「とても面白かった」と中野氏が書かれているとおり,興味深い内容がいっぱいです.が,わたくしの率直な第一印象は,こういうひともいるのか(こんな職種もあるのか)というものでした.美術作品の修復は,日本ではたいそうおくれているそうで,そんな作業(や職業)があるのかとおもうひとのほうが,おおいのではないでしょうか.じじつ,わたくしがそのひとりでした.西欧諸国では個々の美術館に修復部門があり,専門的に従事しているひとがいるのに,日本の美術館はたんに展示のためのスペースを提供しているだけで,作品の保全とか修復ということについて,あまりになおざりで,危機的な状況にあるらしいのです.そうした現状にたいする著者のいきどおりと嘆きとが本書のはしばしから伝わってきます.といっても,やたらと批判するだけではなく,ごじしんのなさっている修復という仕事への反省(あるいは自戒)もつよく,修復家のもつべき謙虚さについても,くりかえし語っておられます.<修復> とは外科手術のようなもので,もとの作品を無にしてしまうリスクもある,というんですね.また,技術の進歩という問題もあって,過去におこなわれた <修復> が好ましいものではなかった,という事実は,現在のそれが将来のひとの目からすればやはり適切ではなかった,ということにもなりかねないわけで,このあたりかなりむずかしそうです.が,具体的な修復の過程をおおくの写真で説明している本書は,やはりおもしろく,美術を愛好される方々へ,(「美術」の基底にあるものへの意識を喚起するという意味で),おすすめの一冊といえます.