非・正統的なもののおもしろさ (美術)

国立劇場伝統芸能情報館でクリストフ・マルケ氏の講演「忘れられた民画:大津絵 江戸の笑いとパロディ」を聴きました.大津絵についての概説や歴史にはじまり,その特色,さらにはその影響や展開など,多くの図像資料をもちいてのはなしはたいそうおもしろく,あっというまに過ぎてしまい,時間不足とすらおもえたほどです.大津絵とは,ほんらいは安価な土産物で,日本美術史でとりあげられるような正統的なものではないんですけど,卑近なおもしろみがあり,また,護符(お守り)としての意味づけもあったらしいのです.このあたりが大津絵独自の性格といえるでしょうか.マルケ氏は,サブタイトルにあるとおり,大津絵におけるパロディの面を強調し,「擬人化」と「見立て」と「逆転」という3つの性質(というか方法)があったことを指摘されました.もっとも,これらは江戸の浮世絵や諷刺画にも見られるものですので,大津絵にかぎったものではありませんけど,やはりその特色といっていいでしょう.そして,こうした大津絵の普及にともない,江戸後期になると,江戸の諸文化の方が大津絵を取りいれる,という事態があらわれてきます.歌舞伎や浮世絵が大津絵をテーマ(?)としてあつかっている例をいくつかの図像資料で示されましたが,なるほどとおもわされます.河鍋暁斎も大津絵に関心を寄せ,大津絵ふうの(というか,さらにパロディ化した)作品を残しているのだそうで,そのいくつかの図像が紹介されました.そしてさらに,20世紀初頭,日露戦争のさいの出版物などに大津絵が出てくることをやはり実例で示されましが,これにはちょっとおどろかされました.浅井忠の絵はがき「今様大津絵」ではロシア兵などを大津絵の人物として描いているんですね.ここには,ロシアに対する敵愾心や揶揄もあるのかもしれませんけど,同時にユーモアも感じられます.大津絵のもつ性質には,さまざまな次元のものがあるというべきでしょう.