探求のおもしろさ

都合でカキコミがおくれてしまいましたが,29日に京橋のAGC studio で「背守りから見える<世界>」という講演を聴きました.LIXILギャラリーで開催中の「背守り」展の関連企画で,講師は郡山市立美術館館長の佐治ゆかり氏です.演題のとおり,背守りそのものについての説明よりも,背守りというものをつくってきた(むかしの)ひとびとの意識や感性をさぐることに重点が置かれていたようです.背守りとは,背後から<魔>が入りこむのをふせぐもので,だとすれば,「背後」というものをむかしのひとびとはどうかんがえていたのか.佐治氏は古代人の霊魂観をさぐって,現世と異界の関係や十二支による方位の問題などを解説されました.いまでは丑寅の方角が「鬼門」とされていますけど,「戌亥」も鬼神の通う道として認識されていたらしいんですね.こうした「後ろ」とか「背戸」という観念が現代(というか近代)にも伝承されていた例として,西条八十の「かなりや」をあげられたのには,ちょっとおどろきました.

「唄を忘れた金糸雀は/後の山に棄てましょか/[中略]背戸の小藪に埋けましょか」

けっこう怖い歌詞だと,佐治氏は語っておられましたが,まったくそのとおりです.ただし,こうした観念は現代ではほとんど消滅していますけど,それでもわずかながらむかしのひとの感覚や意識をうかがう手がかりを見いだすものとして,佐治氏は布とか刺青をあげられました.このあたり,後半はやや急ぎ足で,論旨にも付会とおもわれるところなきにしもあらずですが,それでもたいそう刺激的でおもしろい論考を拝聴し,楽しませていただきました.