最近おもしろく読んだ本

宮下規久朗『しぐさで読む美術史』(ちくま文庫筑摩書房,二〇一五年十二月)読了.宮下氏には,ちくま文庫に『モチーフで読む美術史』とその続編の2冊がすでにありますが,今回は「しぐさ」をとりあげています.「走る」とか「踊る」といった動作,「恥じらい」や「怒り」などの感情,「祈り」や「祝福」という特定の行為など,ひとのしぐさのあれこれを考察しています.「はじめに」で

本書は美術に登場する代表的な身振りや動作を紹介するものである。それらは大きく三つに分類できる。まず、悲しみや驚きや怒りといった感情表現の身振り(表現的身振りともいう)、次に、祝福や腕組みといった儀礼的・慣習的な身振り(象徴的身振りともいう)や静的なポーズ、そして食べたり踊ったりという具体的で直接的な動作や運動表現である。(p. 18)

と記し,その具体例を数多く引用しつつ,解説されています.この三種のなかでは「儀礼的・慣習的な身振り」がもっとも厄介でしょう.感情表現は,時代や民族がちがったとしても(おそらく普遍的に)了解されるであろうことであり,「食べたり踊ったり」という動作も直接的に理解されるのに対し,「象徴的身振り」は民族や文化によってその意味が異なるからです.そこをきちんと押さえておかないと,とんでもない誤解におちいりかねません.たとえば「祈り」の項で「古今東西、神仏に祈る時は手を合わせるものと思われている。[中略]頭を垂れて瞑目し、手を合わせるというのが祈りの一般的な形態だ。/しかし[中略]もともとキリスト教では天を見上げ、両手を広げて手のひらを上に向けるのが祈りのポーズであった。(p. 144)」として,ティツィアーノの ≪聖母被昇天≫ やグイド・レーニの ≪聖チェチリアの戴冠≫ を挙げておられます.これなんかには,へ〜とおもわされます.「はじめに」のさきに引いた箇所につづけて「美術に表れたさまざまな身振りや動作に注目することで、今後、美術館や展覧会で作品を見るときもさらに楽しめるようになるだろう。」と書かれているとおり,ためになる内容いっぱいのすぐれた書物です.200点をこえる図版を掲載しているのも,いいです.