夏にふさわしい(?)本
丸一ヶ月も更新を怠ってしまいました.暑さのせいでなにもやる気がおきず,いっぽうで西日本の災害の報に接しては,個人的なブログなどにどんな意味があるんだと懐疑的な気持ちになってしまったのが停滞の原因です.が,そんなときだからこそ,現実をはなれた境地にあそぶのがいいのではないかとかんがえ,本屋の店頭にあった『別冊太陽 日本のこころ264 幽霊画と冥界』(平凡社)を買ってきました.ぱらぱらとページを繰っただけで,まだ読んではいませんが,載っている絵を見ただけでも,じつに多彩で興味をかきたてられるものばかりです.見るからに恐ろしい幽霊もいれば,うつくしいもの,コミカルなものもいます.夏の暑い時期,たっぷりと愉しめそうです.
美術品といってもいい
国際基督教大学博物館湯浅八郎記念館で ≪携帯の形・ひらく弁当箱≫ を見ました.「弁当箱」ということばには(わたくしひとりの感覚かもしれないんですが)どこか卑近なニュアンスがあって,高級なものではないようにおもっていたのですけど,この展示で考えをあらためました.漆塗りをほどこして蒔絵や螺鈿で装飾するなど,美術品といってもいいようなものがあります.さまざまなうつわを入子細工のようにして収めるなど,構造の面でもすぐれた工夫が見られます.同時に展示されている浮世絵の,芝居小屋を描いたものには,劇場内で飲食しているひとたちがいて,弁当箱というものがひろく行き渡っていたことがわかります.たかが弁当箱,されど弁当箱とでもいったらいいでしょうか,おもしろく拝見しました.
見比べることのおもしろさ
三週間以上更新を怠っていました.すこしは本を読んだり,美術館にいったりもしていたのですけど,書くのがおっくうで,ついそのままになってしまった,というのが実情です.たまたま本日は書いておくに値する(と,おもわれる)展示にいってきたので,紹介しておきます.八王子市美術館の ≪歌川広重 二つの東海道五拾三次 保永堂版と丸清版≫ です.広重の「東海道五拾三次」といえば天保五年の保永堂版がもっとも有名で「広重30代の出世作」なのだそうですが,それ以外にも東海道シリーズをいろいろと制作しており,今回展示されている「丸清版」は50代で描いたものです.どちらも五拾三次に「江戸日本橋」と「京都三条大橋」を加えた55枚から成っていて,それぞれの同じ宿場を対比させています.画き方にかなりのちがいが見られるのが,おもしろいですね.描く位置や角度が異なっていたり,季節がちがっていたり,景色をメインとするかひとびとを中心に据えるかなど,マンネリにおちいらないような工夫がなされています.総じていうならば(シロートの勝手な独断ですが)保永堂版のほうが描写と技法において意欲的であるようにおもいます.丸清版が劣っているというわけではありません.なお,今回受けた印象として,広重には風景だけでなく作中の人物への興味も相当につよかったのではないか,というのがあります.そんなのは既にわかりきったことだ,といわれそうですけど,あくびをしているひとなど,作中の人物の動作をおもしろく見たものですから.