吉右衛門の盛綱

大隈講堂で「盛綱陣屋」の映画を見ました.先月13日に小野講堂で見た「熊谷陣屋」が昭和25年 1月だったのに対して,こちらは28年11月の舞台を撮影したものだそうです.4年ちかくたっているので,撮影機材なども進歩したのでしょうか,カメラワークや録音も安定していて,吉右衛門晩年の演技を堪能することができます.臨場感あふれるフィルムだ,と,児玉竜一教授が解説されていました.もっとも,じっさいの舞台の所演そのままではなく,(カメラの物理的な制約のため?)とぎれたり,あえて写さなかった部分もあったらしいのです.わたくしの聞き落しかもしれませんけど,小四郎の(微妙への)せりふのうち「せめて雑兵の首一つ取って」と,切腹のさいの「親子一所に討死して、 武士の自害の手本を見せる」はなかったようです.七世三津五郎丈の道化の注進が,さいごの花道の引っ込みのところしか写っていないのも,残念です.ほかにも,微妙のせりふ「千騎万騎の大将にも、 なるべき者を栴檀の、二葉で枯らせし胴欲は、 神も仏もないかいのう」を微妙と早瀬と篝火の割りせりふにしているあたり,あれれ?ともおもいましたけど,全体としては,時代狂言の神髄をたっぷりと見せてくれる貴重な映像といえます.首実検のあと,篝火に「最期の対面」をゆるしてからの述懐がいいてすね.盛綱の真情が,朗々としたせりふまわしと渾然一体となってあらわれてくるあたりに,初代吉右衛門の本領があるのではないかと,おもいます.
映画のあと,当代吉右衛門丈のお話がありました.硬軟いりまじっての話題がたのしいですね.わたくしはおもしろがって聞いて(聞き流して)いただけなので,なにをいう資格もありませんけど,そして,いずれインターネット上でくわしく紹介されることもあるのではないかとおもいますので,すべて略しますが,児玉教授が「秀山十種」などの映像を揚げて,今後の上演へのサジェスチョンをされていたのを,印象深く聞きました.「身替り音頭」なんかは,ぜひ,復活してほしいですね.