読み応え十分

須屋 誠『生老病死図像学 仏教説話画を読む』(筑摩選書 0035,筑摩書房,二〇一二年二月)を読みました.仏教説話画というのは「これまでほとんど注目されてこなかった」(p. 14)のだそうです.それを,美術史学の立場から読み解こうとしたのが本書で,「プロローグ」では仏教説話画とはどういうものかをまず説明し,美術史学の方法や課題を提示しています.コンテクストとかコードといったややむずかしい用語も出てきますけど,生老病死というテーマ,およびそれをあらわした作品への関心から,またこれにとりくもうとする著者の姿勢にひきずられて,いっきに読んでしまいました.九相図とか地獄絵というのは,おそろしいものであると同時に(こわいもの見たさというやつでしょうか)ひとの興味をひくところがあって,わたくしはそうした単純な好奇心からこの本を手にとったのですけど,内容は多彩でしかもふかく,読み解くことのおもしろさもたっぷりと味わわせてくれます.仏教説話画は「仏伝図」と「法華経絵」と「浄土教系説話画」の三種に分けられるのだそうですが,それ以外にも絵巻物や肖像画などもとりあげて,縦横に論じておられます.くわしい紹介はわたくしの手にあまるので略しますけど,作品とその背後にあるものとの関係についての考察が多面的に,ダイナミックにくりひろげられている,という印象をもちました.画家が作品を創作した,というような単純なはなしではない,というんですね.テクストとしての仏教説話画の背後には教理経典の記述や先行絵画の図像といったプレテクストがあり,また,コンテクスト(時代の社会状況)が重要なやくわりを占め,さらに,描かれた図像が社会へはたらきかけるという方向性もあるらしいのです.このあたりのことは,わたくしのヘタな説明ではかえって誤解をまねくかもしれませんので,本書に直接あたってくださいとおねがいするほかありません.とにかく,おもしろいです.わたくしがおもしろく読んだ,そしてへ〜とおもったところをひとつだけ引いておきます.

驚くべきことに、「九相図」の題材は例外なく女性の死体ばかり。男性の死体を描く遺品は一つもないのである。[中略]この種の絵は「死」を主題としながら「性差」をその基盤に置いているからだ。女性の死体は男性主体のまなざしを受けることを第一に求める客体にほかならない。死んだ女性(客体)を凝視する生きた男性(主体)が直接描き込まれた九相図も現存し、近世に至るまで、女の死体へと向けられた男の視線が確固として保持されていたことがわかる(p. 217)