自在の語り口が楽しい

中野京子中野京子と読み解く 名画の謎 旧約・新約聖書』(文藝春秋,二〇一二年十二月)読了.キリスト教絵画については「怖い絵」シリーズでいくつか取りあげており,ことしの秋には『名画と読むキリストの物語』(大和書房)も上梓されていますが,後者はもっぱら新約聖書に沿ってキリストの生涯をたどっているので,旧約・新約の両聖書にわたっての総合的な解説をほどこしているのは今回の本がはじめてではないかとおもわれます.が,いわゆる「啓蒙的」な著述ではなく,現代日本人の一般的な立場や視点からのアプローチになっており,気軽に(といったら失礼かもしれませんけど)おもしろく読むことができます.美術作品だけでなく,映画もとりあげているのがいいですね.キリスト教をテーマとする映画にも,さまざまな問題意識や観点があることがうかがえます.絵画でも,おなじエピソードをあつかいながら,描き方や構図などはじつにいろいろで,その結果わたくしたちが受ける印象も違います.旧約聖書の「天地創造」にはじまり「最後の審判」まで,掲載されている絵をながめるだけでも楽しいですが,それらを読み解く著者の文章がまたおもしろく,こういう見方もあるのか,とかへーそうなの,とおもわされる箇所がたくさんあります.引用していたらきりがないので,ひとつだけ,わざとちょっとはずして,わたくしが笑ってしまったところをあげておきます.カルロ・クリヴェッリの「マグダラのマリア」についての記述です.

クリヴェッリの装飾的で精緻な描写と顔の表現に既視感を覚えないだろうか。まるで現代日本の少女漫画家が、十五世紀のイタリアへタイムスリップして描いたのではないか、と。日本の漫画、恐るべし!(p. 194)