「ネタがない」そうですが,なかなかどうして

波津彬子『雨柳堂夢咄 其ノ十四』(Nemuki+コミックス,朝日新聞出版,2013年 4月)読了.長短あわせて8編をおさめています.まえに読んだのと似たようなはなしもありますが,けっしてマンネリや二番煎じではなく,べつの角度からの創作がなされている,というべきでしょう.冒頭の「清姫」はタイトルページもあわせて16ページの短編で,<妹>の視点からの記述であるように見えたのが,12ページ目に種明しが置かれています.ドンデンガエシがあざやかです.語り手である「私」の顔をわざと全部は見せていない(p. 5,7,9)のも,このドンデンガエシのためだったんですね(と,あとになって気づきました).「第十九話 瑠璃の鱗」と共通するモチーフ(道成寺の説話)をつかっていますけど,ストーリー展開やひとの情念のありようはことなっており,両者を比読することで,作者の志向や関心やてぎわのあれこれを読み解くことができそうです.「第九十話 野分」も,世をしのぶ異性装と「お家のため」という大義名分とが「第九話 はつ恋鏡」を連想させます.「野分」にはちょっとわかりにくいところがあり,なまえがちがうのであれっとおもったんですが,そしてよく見ると顔もちがうのですけど,おなじ年頃の少女が出ているのでうっかりと読みすすめてしまい,あとで読みかえしたところ,時間をさかのぼっての別の人物の視点による叙述は,各コマの背後の部分(夏目房之介氏が「間白」と名づけたところ)が黒ベタに塗りつぶされているのを発見しました.このあたりも,周到です.波津氏の創作意欲と技量とを堪能し,幸福な時間を過ごすことができました.『雨柳堂』の今後がますますたのしみです.