連想のおもしろさ

中野京子『はじめてのルーヴル』(集英社,2013年 7月)読了.おもしろくて一気に読みました,と,書きたいところなんですが,じっさいには他の本にあれこれ手をのばしたため,読みおえるのにずいぶん時間がかかってしまいました.ただし,他の本を並行して読んでいたのではなく,本書の記述から連想して,いろいろな本をひっぱりだしてみた,いうことです.たとえば「第12章 有名人といっしょ」に「アヴィニョンの対岸の町に]一八三四年、三十一歳の歴史建造物検査官が一帯の調査にやって来」て「祭壇の後ろにある、胡桃材でできたゴシック様式の装飾衝立」を<発見>した,とあることから,メリメって,アレにもかかわってたんじゃなかったっけ,とおもって,『貴婦人と一角獣展』の図録にあたってみました.また,以前に読んだ本のうち,ルーヴル美術館を紹介するものをさがして,赤瀬川原平(熊瀬川紀・写真)『ルーヴル美術館の楽しみ方』(とんぼの本,新潮社,一九九一年一一月)と井出洋一郎『ルーヴルの名画はなぜこんなに面白いのか』(中経の文庫,中経出版,2011年 6月)とを見出だし,あちこちひろい読みしました.そんなこんなで,日数がかかってしまったんですが,こういう読書のしかたもけっこうたのしいものです.赤瀬川氏の本は,路上観察学者の面目躍如,流血シーンや「微笑み」や「仲良しタイプ」などを集めているところが,おもしろいですね.井出氏のほうは,いかにも美術史の専門家らしくオーソドックスな構成で,「文庫本サイズでルーヴルの展示順序にできるだけ沿い、カラー図版ですぐ作品がわかり、必要な解説が現地で読めるようなガイド」をめざしたそうです.多くの作品をとりあげつつ,「時代概説」やコラムをあちこちにはさんで,たっぷりの情報を提供しています.いっぽう,中野氏の新著は,これまでの著書と同様,歴史的な関心がつよいようです.描かれているひとびとについて,画家について,制作の事情やうらばなしについてじつにくわしく記されていて,読者をひきこみます.と同時に,記述のしかたと順序に,どれほどの意図があるのかはよくわかりませんけど,やはり読者の興味をさそうおもしろさがあります.「第8章 ルーヴルの少女たち」のつぎに「第9章 ルーヴルの少年たち」を置いたり,ヴァン・ダイクとベラスケスを対比させたり(「第14章」).さきにちょっと触れた「第12章」では絵の中に描かれる寄進者をめぐって,ごじしんの作品鑑賞体験をふまえての感想を書いておられます.「第16章 天使とキューピッド」ではキリスト教の天使の階級を説明するとともに,ギリシア神話におけるクピドについて語り,両者のまぎらわしさを(なるべくややこしくないように)解説していますが,やはりややこしいですね.「一般の日本人にとって、羽をつけた「はだかんぼう赤ちゃん」といえばキューピー人形ではないか(p. 206)」との指摘がありますけど,わたくしの余計な感想をいわせてもらうならば,日本人に<天使>と<プットー>との混乱をあたえた要因として,森永キャラメルのエンゼルマークがあげられるのではないでしょうか.
さいごに,ちょっと気になったことを書いておきます.「あとがき」に「ルーヴルは展示場所が六万平方メートルを超え、作品点数三万五千、絵画だけでも七千五百点以上という圧倒的スケールです」とあるのですが,2003年12月に渋谷ユーロスペースで見た映画「パリ・ルーヴル美術館の秘密」のチラシ(プログラムにはさんでありました)には「その所蔵品数約35万点」となっていて,どっちがホント?とおもってしまうのですけど,ルーヴルの全所蔵品数が約35万点で,常設展示しているのはそのうちの1割ということらしいんですね.これは『芸術新潮 二〇〇四年一月号 大特集 ルーヴル美術館の秘密』をやはりひろい読みして,知りました.小池寿子氏を案内人とする「精選! ルーヴル八十八宝めぐり」という企画のはじめに「ルーヴルの常設展示3万6000点から名品88点を選りすぐり、特製マップ付きのオリジナル鑑賞コースをつくってみました」と書かれています.小池氏の選択と,まえにあげた赤瀬川氏の本と井出氏の本,それに中野氏の今回の本には,重複して選ばれているものもあれば,ちがいもあるでしょう.くわしく比読すればおもしろいとおもいますが,さすがにそこまではやっていません.
なんともごちゃごちゃとしてまとまりのない文章になってましいました.ここ数日のわたくしの<読書>体験の反映と見てください(このところの暑さのせいもあります).