<モノ>への関心という点で共通している3冊

宮下規久朗『モチーフで読む美術史』(ちくま文庫筑摩書房,二〇一三年七月)を読みました.「東京新聞および中日新聞に二〇一三年一月四日から四月五日まで連載された「神は細部に宿る モチーフで読み解く美術」をもとに、新たな話をいくつか書き加え、図版をふやして加筆修正したもの」だそうです.美術の本といえば,時代をおって地域別に,さらにジャンルや流派などに分けて説明するものがおおかったようですが,この本では「モチーフ」に着目しています.はじめにとりあげるのがカバーにも載せているヤン・ファン・アイクの ≪アルノルフィーニ夫妻像≫ の「夫婦の間にいる犬」で,「なぜここに描かれているのだろうか」という疑問を呈し,「犬」のもつ意味をあきらかにしています.以下,動物や食べもの,自然界の現象や各種の道具,建築物や肉体など,60数項目にわけて,それらがになっている役割や象徴としての意味,西洋美術でいう「アトリビュート」についても解説しています.が,たんに知識をあたえるというだけでなく,著者独自の関心にしたがっての記述におもしろみがあります.たとえば「鼠」の項のさいごに「二十世紀になってウォルト・ディズニーミッキー・マウスを創出するまで、イメージの中の鼠は一貫して忌み嫌われる存在であったのだ。(p. 27)」と記し,「梯子」ではルーベンスの ≪十字架降下≫ にふれたあと「フランダースの犬」に言及して,「物語のラストシーンでは、主人公のネロが愛犬パトラッシュとともに大聖堂の中でこの絵の前で凍死することになっている。救いのない悲劇であるにもかかわらず、最後には彼が梯子を昇って天国に行くことが暗示されて少しは救われた感じになるのだ。作者はそのために、主人公がルーベンスのこの絵の前で死ぬことにしたのであろう。(p. 227)」とされています.量的にはすくないのですが,西洋と日本を対比させた比較文化論ふうの考察もあります.2例を引いておきます.「日本でも鳩は公園やお寺でよく見かける鳥だが、意外にもそれほど美術には登場しない。かつては伝書鳩として、新聞社でもたくさん飼われていたが、現在ではこうした実用的な役割はなく、また中国や西洋とちがって、普通は食用にもしない。鳩は、実物よりも美術やイメージの世界で、より人気があるようだ。(「鳩」の項)p. 31」.「西洋では魚は象徴や食材としか表現されなかったのに対し、東洋では、昔から水中で泳ぐ魚介類を表現してきた。中国では宋時代以降、水墨の「藻魚図」が江南地方で流行し、日本でも江戸期から描き続けられた。しかも、釣った魚を記録する魚拓というユニークな習慣も、江戸後期から生まれた。魚は、西洋とちがって静物や食材ではなく、つねに躍動的な生物として構想されたのである。(「魚」の項)p. 91」.
宮下氏の新著と似たような本に,佐藤晃子『アイテムで読み解く西洋名画』(山川出版社,2013年 3月)があります.こちらは<植物/動物/静物/肉体>の4章にわけて,50の「アイテム」を解説しています.『モチーフで読む〜』と重複するものもおおいのですが,「糸杉」とか「乳房」とか宮下氏がふれていないものもあって,佐藤氏なりの関心のありようを,たのしんで読むことができます.「はじめに」で,宗教画や歴史画における「約束事」を語り,静物画にも象徴や寓意がふくまれていることをしめしたあと,「宗教的な意味をおびない静物画が人々に受け入れられるようになるのは、18世紀ごろまで待たなければなりませんでした。[中略]さらに19世紀後半に印象派の画家たちが活躍するようになると、なんの変哲もない風景、画家の身近にいる人々の暮らしなどが描かれ、従来の絵画の約束事はしだいに効力を失っていきました。現代に生きる私たちが、印象派の画家が描いた絵を、一目みて感覚的に楽しめるのはこのためです。(p. 5)」と書いたのにつづけて,「しかし反対に、それ以前の絵画は、古いものであるほど、画面には多くの約束事が込められています。その約束事は無限にありますが、まずは絵にわかりやすく描かれた「トレードマーク」「持ち物のルール」に注目してみましょうというのが、本書の狙いてす。(ibid.)」とされています.カラー図版をたくさん載せているのがいいですね.(『モチーフで読む〜』にもカラー図版がありますけど,紙質のせいでしょうか,色の出がよくないのがあるのが残念です).
さらにもう1冊,鶴岡真弓(編著)『すぐわかる ヨーロッパの装飾文様 美と象徴の世界を旅する』(東京美術,2013年 2月)を紹介しておきます.<古代/中世/近代 I/近代 II>と,時代順に4章にわけ,「シュロ」や「ロータス」や「組紐」などの「装飾文様」をあつかっていますが,「蛇」「十字架」「ユリ」など,上記2冊における「モチーフ」「アイテム」とおなじといってもいいものも,とりあげています.この本は,絵画だけでなく,彫刻や工芸品,建築や石棺など,多様なモノを対象としているのが特色です.それと,「Topic(トピック)」と題するコラムでは「ステンドグラス」や「レース」などを説明し,「ヨーロッパとオリエントを行き交った文様」のページでは「アラベスク」や「ジャポニスム」など8種を提示しており,読む事典としても有益で,たのしい内容となっています.カラー図版がおおいのも,やはりいいです.