親しみやすい入門書

桐竹勘十郎・吉田玉女『文楽へようこそ』(小学館,2014年 4月)を読みました.勘十郎師と玉女師による「私が好きな演目ベスト10」がはじめに写真で紹介され,おふたりの対談や,演目についての解説,人形の「首いろいろ」,「文楽ゆかりの地」などの情報のほか,豊竹呂勢大夫師と鶴澤燕三師へのインタビューもあります.文楽を紹介・解説する本,また文楽の三業の方の自伝や芸談はこれまでにも数多くあり,わたくしもいくつか読んでいますが,どうも現代からかけ離れたむかしのことのように感じられることが多かったのです.今回の『文楽へようこそ』はそれとはちがい,まさに現代での文楽を語っているもののように,おもわれました.著者たちが若いせいでしょうか.といっても,勘十郎師と玉女師はおふたりともすでに還暦を迎えられており,一般社会からすればリタイアにちかい時期のはずですけど,文楽の世界ではまだまだこれからの存在である,ということになります.このあたりが,文楽のすごいところですね.本書で語られているさまざまなエピソードも,文楽のスゴサ(と,おもしろさ)に満ちあふれています.なかで,呂勢大夫師の思い出話の一節を引いておきます.師匠(五世南部大夫師)にかんする話題です.

忘れられないのが、おかみさんの存在です。夕霧のいた新町の吉田屋に奉公していたことがあるという色町出身の方で、物腰が違う。『厳しい御姑さんだったけど、師匠と大恋愛して一緒になったし、芸妓仲間の手前もあり、芸妓の意地があるから別れないできた』なんてお話されると、世話物の世界が絵空事でなく目の前にある感じになりました(p. 98)

なお,巻末には特別付録として,「おさんぽ」と題する「豊竹咲寿大夫さん作コミック」が掲載されています.楽屋裏の情景を描いた,ほのぼのとした味わいの作品です.けっこううまいです.こんな才能(?)のあるひともいるんですね.このマンガはおすすめです.