「素朴」だけではない

はらだたけひで『放浪の聖画家 ピロスマニ』(集英社新書ヴィジュアル版,集英社,二〇一四年一二月)読了.「イントロダクション」と「エピローグ」のあいだに9の章をもうけて,ピロスマニの生涯や作品やその背後にあるものなどを紹介・解説しています.「生い立ち」にはじまり,ついで「第2章」は「看板」と題して,「ピロスマニの最初の生業は看板屋だった」と記しています.これだけでも,ふつうの「画家」とはずいぶんちがっていますね.「第3章」以降はおもに絵のモチーフ(描かれている内容)別に紹介されていますけど,色彩や構図のほか,当時のグルジアの情勢や民族的な習慣・風俗,そしてピロスマニがその絵にこめた(であろう)感情などを著者の推察もふくめて,多面的に語っておられます.ピロスマニの作品というと,つい「素朴」ということばを使ってしまうのですが,けっしてそれだけではない,さまざまな性質や特色があることが,著者の文章から伝わってきます.なかで,ささいなことながらおもしろく読んだ一節を引いておきます.

ピロスマニの宴会の絵には、日本人に見慣れないものがたびたび登場する。[中略]男たちが手にするのは動物の角で作ったカンツィという盃。底が尖っているから、なかの酒を飲み干すまではテーブルに置けない。そしていつもテーブル前に描かれるのはティキというワインがたっぷり入った酒袋。地面にごろんところがっているのはワインを醸造するクヴェヴリという大きな素焼きの甕だ。(pp. 164-165)

ほかにも興味深い記述がいろいろあるので,美術ファンの方々にオススメします.また,集英社新書というかなり多くの読者が見込まれるシリーズにこの本が入ったことで,ピロスマニの名がひろく知られる(であろう)ことをよろこびたいと,おもいます.