濃い内容の入門書

車 浮代『春画入門』(文春新書,文藝春秋,2015年 9月)読了.永青文庫での春画展にあわせたのでしょうか,あるいは今年が「錦絵誕生から二百五十年にあた」るので企画されたのか,春画にかんする出版物が目立ちます.本書の著者は「時代小説家、江戸料理研究家」だそうですが,浮世絵への関心もつよく,「浮世絵の基礎から春画の見方まで、初心者向けに全てを網羅した」本の刊行にいたったとのこと.春画や浮世絵の歴史,版画の技法についての解説,浮世絵師たちのひとと作品の紹介など,じつに丁寧でわかりやすく書かれており,すぐれた入門書といえます.著者独自の見解もいろいろと盛りこまれており,教えられることの多い書物です.そうした例をひとつ引いておきます.

写楽はとても個性豊かな作品を遺しましたが、決して腕のある絵師とは見られていませんでした。ためしに、写楽の役者絵を切り抜き、背景を黒ではなく、白にしてみてください。それぞれ驚くほど間の抜けた絵になります。(p. 154)

最終章で「春画鑑賞のポイント」として「ヒト/コト/モノ」の三つをあげて具体的に説明しているのも,親切です.どんなひとたちがどのような場所やシチュエーションで房事をおこなっているのか,また,絵のなかにどんなモノが描かれているのか,枕とか煙草入れとか性具といった小道具を示して,「現代に生きる私たちも当時の人々の生活を知ることができます。(p. 167)」と,史料としての春画の価値を指摘されています.さらに印象派の画家たちについて,かれらが浮世絵の影響を受けていることはすでに数多く説かれていますが,それをひとりひとり具体的に,たとえばゴッホは「影を描かない・彩度の高い色だけを使う」,モネは「ポージング・風景画の構図」,セザンヌは「モチーフ・輪郭線を描く」など,「それぞれ自身の作風に浮世絵から得られたヒントを取り込みました。(p. 187)」と解説されています.とにかく濃い内容の本ですので,美術愛好家,そして日本文化に興味のあるかたがたへおすすめします.