貴重な史料

東京都水道歴史館で ≪上水記展 上水を描く−「樋線図」の世界≫ を見てきました.十年ほど前にも見ているはずなのですが,ほとんど記憶がなく,こういうものだったのかと,認識をあらたにさせられた次第です.第二巻の絵図がすごいですね.羽村あたりの取水堰の光景を「縦135.5cm×横514cmの大紙面に精緻かつ鮮やかに描い」ています.江戸という大都市にとっては,そこに住む人々のために「水道」を確保することがきわめて重要な課題であり,そのためについやされた努力も莫大なものであったはずですけど,現代のわたくしたちはそうしたことを忘れている,というか,あまり意識していません.この「上水記」は一般的な刊行物ではなく役所の記録として残されたものですが,だからこそ,史料としての価値があり,また,わたくしたちの意識を呼び覚ますものとしての価値もあるものとおもわれます.昨今の官公庁の「記録」の改竄や隠蔽(という醜態)を目にするにつけ,ますますこの史料の重要性を痛感させられます.

大胆な色とデザインにおどろく

たばこと塩の博物館で ≪MOLA パナマの先住民クナ族の衣装と意匠≫ を見ました.パナマと聞けばパナマ運河をおもいだすくらいで,他にはまったく知識がなかったのですが,この共和国にはクナ族という先住民が暮らしているのだそうです.その独自の衣装を紹介しているのがこの企画展なのですけど,まったくおどろかされました.色のちがう布をかさねて,上の布に描いた図の一部を切りとってその縁を糸でかがって下の布をのぞかせ,ときにはさらの別のかたちに切りとった布を縫いつける「多重アップリケ」という手法によるものです.いったいどれほどの手間と時間がかかっているのでしょうか.そこに描かれる図もすごいというほかありません.植物文様もあれば動物もあり,人物(のしぐさなど)を描くのもあります.植物は左右対称に描かれているようですけど,厳密に見ると,かならずしも対称ではありません.こまかい部分に変化をつけて,見るものの関心を引きよせる工夫がこらされており,ほかにも,蛇を咥える鳥とか,「親亀のうえに子亀を乗せて〜」とむかしのコミカルソングをおもわせるようなものもあります.強烈な色彩(赤系統のものが多いです),デフォルメされた形,細部の綿密な意匠など,はじめて目にしたという事情もありますが,そのインパクトに圧倒されました.

かなり複雑

國學院大學博物館で ≪キリシタン 日本とキリスト教の469年≫ を見てきました.「キリシタン」ということばにはエキゾチックというか,どこかふしぎなニュアンスがあります.「宗教」という面だけではなく,「日本」が受容し,独自に変化発展させてきた政治的で文化的な現象の総体とでもいったらいいでしょうか.その「受容」の歴史も簡単ではありません.フランシスコ・ザビエルの布教にはじまり,熱烈な(といっていいとおもいます)信仰が起こり,一方で秀吉による禁教がなされて迫害や一揆が繰りひろげられ,明治になってキリスト教解禁となったものの,(信者たちを)明治政府の政治的なおもわくの下に置こうとする意図もあったようなのです.そうしたことがらを古文書やさまざまな資料で展示解説しています.いわゆる踏絵もありました.が,わたくしがおもしろく見たのは,信者たちの宗教心(?)が込められたモノです.十字架やメダイもありますが,「マリア観音像」には,こういう仕方での「信仰」もあるのかと,ちょっとおどろかされました.「お掛け絵」という,やはり日本風に偽装した作品にも「キリシタン」の独自性が認められるようです.昭和時代に製作されたものもあるというのですから,その「伝統」には感嘆させられます.

さまざまな意匠

東京国立博物館・東洋館で ≪海の道 ジャランジャラン≫ を見てきました.「日本インドネシア国交樹立60周年」とうたっていますが,正直なところ,インドネシアについてのわたくしの知識はほとんどゼロで,東南アジアの一国らしい,くらいしか知りませんでした.たまたま目にしたチラシにかなり特異な人物像(?)が描かれていたのでいってみたところ,奇抜で多彩な展示品に圧倒されました.チラシにあった人物(?)はワヤンといって,水牛の皮でつくったきわめて平面的なもので,影絵芝居で使われるのだそうです.「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」に取材したストーリーはあるものの,独自の展開をもち,さまざまな神や英雄が出てくるものの,その造形はエキセントリックで,怪獣のようにも見えます.ほかに,かなり大きな染織が出品されていました.派手な赤色が目立ちます(青など地味なものもあるのですが).細かい模様がほどこされ,金箔が多く使われているのも特色です.クリスという(これまた装飾的な)剣もあり,「インドネシア」という国についての認識を得ることのできた企画展でした.

職人技のすごさ

LIXILギャラリーで ≪海を渡ったニッポンの家具≫ を見てきました.先週の記述と同じ感想になってしまうのですけど,こうしたモノを作りだした人々の技量には,まったくおそれいりましたというほかありません.寄木細工とか青貝細工といった伝統的な技法を駆使するいっぽう,外国向けの(かなりケッタイな)様式を取りいれているのがあるのも,おもしろいです.

民衆のエネルギー

出光美術館で ≪「江戸名所図屏風」と都市の華やぎ≫ を見てきました.徳川家康による江戸の開府以来,ひなびた一地方にすぎなかった江戸は大都市に発展していきますが,そのいくつかの場面を描いた絵巻や屏風絵をあれこれと紹介しています.それまでの「美術品」とちがっているのは,高級な花鳥風月などではない,庶民の(標題に記したような)エネルギーをあからさまにしている点だといえるでしょう.とにかく,そのパワーに圧倒されます.

見るだけでいい

またも半月あまり更新を怠ってしまいました.感想を記すのがめんどくさいというのが最大の理由ですが,それだけでなく,見たものについての感想というのが案外のクセモノで,厄介で,むずかしいことでもあるからです.見はしたものの,その感想をいいあらわすことができずに終った企画展も(この半月のあいだに)いくつかあります.そんななかで,きょうは東京都庭園美術館の ≪ブラジル先住民の椅子 野生動物と想像力≫ を見てきました.これは標題に記したとおり,見るだけでおもしろいというか,あれこれと書いたり論じたりしなくてもいいんじゃないかという気持ちにさせられた展示です.太い木を伐りだして椅子を作る,しかもそこに動物のすがたをあらわすということをしている民族がある,ということを知っただけで,なんとも楽しい気分になれます.椅子のかたちや大きさもさまざまで,動物もいろいろ.恐ろしげなのもいれば,ユーモラスなのもいます.ここには当然シャーマニズムがあるのでしょうけど,それよりもこうした「モノ」自体を,おもしろく見ました.